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東京高等裁判所 昭和25年(ラ)231号 決定 1952年1月24日

抗告人 被申請人 村木雄作

訴訟代理人 稲垣規一

相手方 申請人 河村正人

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、

(一)強制執行又は仮差押仮処分に対する第三者異議の原因たる権利は、執行当時既に第三者に帰属していることを要するにかかわらず、相手方が本件建物の所有権を取得したのは、その主張によれば、抗告人の本件仮処分執行後である昭和二十五年九月二十五日であるから、相手方の異議は理由なく、従つて本件執行の取消を命ずべき限りでない。

(二)抗告人は、中川竹次郎からその所有にかかる本件建物を買い受け、その所有権移転請求権保全の仮登記をなし、ついで同人並びに木村通郎を被告として中川竹次郎に対しては所有権移転登記手続並びに家屋の引渡を、木村通郎に対しては家屋の引渡を求める訴を東京地方裁判所に提起し、右引渡請求権保全のため、中川竹次郎並びに木村通郎に対しそれぞれ各別に占有移転禁止の本件仮処分の執行をなしたのである。従つて、抗告人が他日右訴訟において勝訴の判決を得るならば、これに基いて所有権取得の本登記をなし、仮登記以後の所有権取得者である相手方に対しその所有権移転登記の抹消と占有の引渡を求めうべき筋合であるから、この点において、抗告人のなした本件仮処分の効力は、単なる仮登記の効力と異なり、既に本登記を予想し目的物の引渡請求権を行使しての保全処分であるから、右執行後所有権を取得した相手方に対しても対抗しうべく、相手方は、これに対し異議を主張しうべき限りでない。反対に、もし原審のように解するならば、抗告人は、相手方が中川竹次郎、木村通郎より本件建物の引渡を受けこれが占有を維持する限り相手方に対しさらに占有移転禁止の仮処分の執行をなすことをうるも、しからざる限りこれをなすに由なく、中川竹次郎、木村通郎その他の第三者が占有している場合、これに対し仮処分の執行をなすも常に相手方により取り消され、抗告人の仮登記ある所有権に基く引渡請求権は、ついにこれを保全するに由ないこととなるのである。

(三)相手方の本件家屋の所有権取得は、抗告人の仮処分執行を取り消すことを以て唯一の目的としてなした相手方と中川竹次郎間の通謀の虚偽表示に基くものであつて無効である。相手方は、本件家屋に関する諸々の事件について常に中川竹次郎の参謀として行動し、本件仮処分についても、相手方は、中川と同道して中川の代理人金末多志雄弁護士を訪問し、同弁護士を通じて抗告人代理人稲垣規一弁護士に対しその解放方を懇請し、昭和二十五年八月二十一日及び二十二日の両度に亘り、右両弁護士並びに中川、相手方の四名会合して協議したるもついに調わなかつたことあり、相手方が善意の取得者であるとは虚言も甚だしく、さらに本件家屋には抗告人の仮登記の外、森勝太郎から仮差押の登記もなされているのであつて、何を好んでこのような家屋を買い受ける者のあるべき筈なく、これ等は、相手方の所有権取得の虚偽仮装であることを物語るものに外ならない。従つて相手方の異議は理由なく、これに基く本件仮処分の執行取消申請も理由がない。

(四)民事訴訟法第五百四十七条第二項によれば、異議のため主張した事情が法律上理由ありと見え且つ事実上の点につき疎明のあつた時に限りはじめて受訴裁判所は執行処分の取消を命ずることができるのである。しかるに本件において、抗告人は相手方の提起した異議の訴において、反訴又は抗弁として、相手方に対し、所有権取得登記の抹消を求め、又は家屋の引渡を拒むことは必定であつて、到底相手方の主張が理由ありと認めることができない。同法に基く処分であつても、単に執行停止を以て満足する場合には、多少理由ありと見ゆる蓋然性の稀薄な事案であつてもこれを認めるのが相当であることがあろうけれども、本件のような執行取消という取り返しのつかない決定的処分をなすに当つては、これが判定に愼重を期し、厳密なるべきである。

よつて、「原決定を取り消す。相手方の申立を棄却する。抗告費用は相手方の負担とする。」との裁判を求める。

というにあつて、疎明方法を提出した。

しかしながら、

(一)強制執行又は仮差押に対する第三者異議の原因たる権利が特別の規定のない限り執行当時既に第三者に帰属しかつ執行債権者に対する優先的地位を対抗しうるものでなければならないことは、いわゆる差押の効力即ちこれにより債務者は差押の対象に関する処分権を失うことのためであつて、仮処分にあつては必ずしもそうでなく、仮処分債権者がその仮処分を以て第三者に対抗しうる場合、たとえば、不動産の譲渡又は抵当権の設定を禁じた仮処分において登記簿にその禁止を記入したような場合には、その後において第三者が仮処分の目的物につき所有権その他目的物の譲渡もしくは引渡を妨げる権利を取得したからといつて、これを原因として右仮処分に対し異議を主張することはできないけれども、もしその仮処分を以て第三者に対抗しえない場合には、たとえ第三者がその執行後において目的物の所有権を取得したとしても、その取得を以て仮処分債権者に対抗しうるときは、これを原因として異議を主張しうるものと解するを相当とする。これ仮処分の執行から善意の第三者を保護せんとする趣旨に出たものであつて、このことは、いわゆる善意取得について規定した民事訴訟法第六百五十条第一項の趣旨からもうかがわれるところである。今これを本件についてみるに、抗告人が本件仮処分の執行をなしたのは昭和二十五年五月二十日であつて、相手方がその目的たる本件家屋の所有権を取得したとしてその旨の登記を了したのは同年九月二十日(訴状に九月二十五日とあるは九月二十日の誤記と認める。)であることは、記録編綴の不動産仮処分調書並びに建物登記簿謄本により明らかであるけれども、右調書によれば、その仮処分の内容は、単に本件家屋に対する債務者の占有を解き執行吏をして保管せしめ、執行吏は債務者が現状を変更せざることを条件として債務者に使用を許すことをうる旨のものであつて、執行吏はこれが執行に当り本件家屋は債務者の占有を解き当該執行吏において保管中であるから何人といえども右執行吏の許可なくして占拠できない旨を記載した公示書を宅内壁に貼布してこれが表示をなしたに止まるのであるから、何等第三者対抗要件を具備していないものというの外なく、従つて右仮処分執行当時の本件家屋の所有者中川竹次郎は、ひとり本件家屋の所有権を第三者に譲渡するに支障がないばかりでなく、右譲渡を受けた相手方においても、既に右につき所有権移転登記を了した以上、その所有権取得を以て抗告人に対抗しうべく、他に特別の事由なき限り、これを以て異議の原因となしうべきは当然であつて、抗告人がこれよりさき昭和二十五年四月十七日本件家屋につき所有権移転請求権保全の仮登記をなしていることは前掲登記簿謄本により明らかであるけれども、まだこれに基く本登記を了していないことは抗告人の自ら争わないところであるから、右仮登記があるからといつて、抗告人は本件仮処分を以て相手方に対抗しうるということができず、抗告人の抗告理由(一)は理由がない。

(二)抗告人が本件家屋につき所有権移転請求権保全の仮登記をなしていることは(一)においてのべたとおりであるから、抗告人が所論の訴訟において勝訴の判決を得、これに基いて所有権移転の本登記をなした時は右請求権具現の時にさかのぼつてその所有権取得を以て相手方に対抗しうべく、従つて相手方に対しその所有権取得登記の抹消を求めうべきことは、抗告人所論のとおりであるけれども、それがため抗告人が本件仮処分を以て相手方に対抗しうべしとする所論は首肯しがたい。けだし仮登記は単に順位保全の効力あるのみで本登記とひとしい対抗力はないからである。本件仮処分の被保全権利が右仮登記ある所有権に基く引渡請求権であるからといつて、これを別に解する理はない。もしそれ所論後段に至つては、本件取消が相手方に対する関係においてなされたことを看過するものであつて、特に説明するの要なく、抗告人の抗告理由(二)は理由がない。

(三)本件訴状によれば、相手方は、本件異議の原因として所有権を主張しているのであつて、その主張事実は、登記簿謄本により疎明せられ、かつこれが法律上異議を理由づけるに足ると認められるので、原審が、原告たる相手方の申立により、異議についての終局判決をするまでの間の暫定的処分として本件仮処分の執行処分の取消を命じたのは、相当であつて、抗告人は、相手方の右所有権取得は虚偽仮装の契約に基くものであつて無効であると主張するけれども、これ等はいずれ右異議の訴訟において詳細審理さるべき問題であつて、抗告人提出の疎明方法により直ちに反対の疎明ありたるものとして相手方の所有権取得を否定するはいささか早計であり、又、抗告人が右異議の訴訟において相手方の所有権取得を否認し、反訴又は抗弁としてその所有権取得登記の抹消を求め又は本件家屋の引渡を拒みうるからといつて、直ちに相手方が本件異議のため主張した事情が法律上理由ありと見えないとなすことができず、抗告人の抗告理由(三)及び(四)は理由がない。

以上説明のとおり抗告人の抗告理由は一も理由なく、その他記録を精査するも原決定取消の事由となすに足る違法の点を発見することができないので、原決定は相当であつて抗告人の抗告は理由がないものと認め、よつて主文のとおり決定した。

(裁判長判事 大江保直 判事 梅原松次郎 判事 猪俣幸一)

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